
ハワード・ダーリー(Howard Dully)が幾つかの検査を受けるために病院に通っていたとき、彼は12歳だった。
「眼が大きく黒く腫れたことから感染症が明らかだったので、数日間病院にいたのを覚えている」と、現在56歳でカリフォルニア州サンジョセ(San jose)に住むハワードは当時を振り返った。
それはハワードに40年以上前施された経眼窩ロボトミーまたは"アイスピック"ロボトミーと呼ばれるものの記憶の全てだ。
今日では医学に携わる多くの人々はロボトミーが野蛮であると考えているが、重い精神病を患っている場合に、治療方法として認知されていた時期があった。
1930年代40年代そして50年代の大半を通して、患者の治療の主な方法は、患者が自力で快方に向かうまで不潔で悲惨な状態の施設に収容しておくことがほとんどだった。その多くは数年から数十年収容されることになる。
そして"ロボトミー"が現れることになる。ロボトミーはモニス博士(Dr Egas Moniz)によってポルトガルで1935年に最初に実行された。そして博士はその技術で、後に生理学と医療の分野でノーベル賞を獲得する。
神経科医ウォルターJ.フリーマン(Walter J. Freeman)は早くにアメリカにロボトミー手術を持ちこんだ。そして、1936年にアメリカで最初のロボトミー手術が行われた。その数か月後、ロボトミー手術は「精神病に施された外科手術(Surgery Used on the Soul Sick)」という見出しでニューヨーク・タイムズの一面を飾った。
「治療は効果的ではありませんでした。そしてこのことは後の有益な進歩になったのです」と、激痛の鎮痛処置のためにロボトミーを行った神経外科医、ロバート・リキテンシュタイン博士は話す。
ロボトミーは、精神病の症状が、脳の前頭葉と視床下部とのつながりに原因があるという考えが前提で画期的な手術として受け入れられた。その考えは、脳の接続を断ち切って、再びそれらを成長させることで精神病を治療することができるというものだ。
「手術では脳を取り出すことも、一部を切り出すこともありませんでした。それは特定の神経経路を切断するものでした」と、フリーマンの伝記「Lobotomist」の著者であるジャック・エルハ(Jack El-Hai)は言う。
当時ロボトミーは、ひどい鬱病、精神分裂症、自殺的な傾向と他の精神病での、ほとんど唯一の効果的な治療方法だった。
数万人のロボトミー
それから数年間、アメリカの精神病治療の現場や病院で、およそ4万〜5万人のロボトミー手術が行われたとエルハイは話す。
フリーマン自身がその手順について話したように、そのうちのおよそ1万人は経眼窩ロボトミー、もしくは"アイスピック"ロボトミーと呼ばれる手術を行われた。その施術では、医師は長いアイスピック状の器具を眼窩の骨の薄い部分を貫通させ、脳に刺し込んで前頭葉を切断する。
エルハイによれば、フリーマン自身3400人ほどの経眼窩ロボトミー手術を施している。他の患者の多くは、フリーマンが国中を回って訓練した多くの精神科医によって、その手術がなされた。
当初のロボトミー手術は麻酔を使い、頭蓋骨にドリルで孔を開けていた。経眼窩ロボトミーではわずか10分で大きな傷もなく行われた。エルハイによると、フリーマンはウエストバージニアで1日に最高24件ものロボトミー手術を実行している。
「経眼窩ロボトミー手術はずっと経済的で早く手術を済ませることができました。そして、そのようにすることに価値がありました」と、リキテンシュタインは話す。
フリーマンの記録では、ロボトミー手術を受けた患者のおよそ3分の1はが成功したとものと予想されている。当時手術を受けた1人のアン・クルースバック(Ann Krubsack)は現在70歳代の女性だ。
「電気ショック療法に薬物とインシュリン処置しかなかったと時期に、フリーマン博士は私を助けてくれました」と彼女は話す。クルースバックは1961年にロボトミー手術を受けるまで、8年間精神分裂症に耐えたと言う。
しかし、大多数の患者ではうまくいかなかった。あるものは死に、沢山の人が麻痺を抱えた。患者が手術の後に退院することができたとしても、多くの者が精神が幼児化していたり、自我が欠けたままにされた。
医者は非外科的療法を選んだ
1954年、抗精神薬ソラジンがアメリカ合衆国で認可された。医者たちは非外科的処置を選んだため、ロボトミー手術が行われることはほとんどなくなった。
しかし、医学界での主流がロボトミー手順が時代遅れであると考えるようになった後でも、フリーマンは新しい傾向に納得せず、ロボトミー手術を続けた。
「彼は少しでも精神障害があるならば、重病でなかったハワードのような患者にもロボトミー手術を行うよう主唱し始めました。彼は早期処置としてのロボトミー手術も提唱し始めました。」と、エルハイは言う。
医療記録によると、フリーマンはハワードを分裂病患者と診断した。その診断は今日では支持できないと、ハワードの現在の担当医は話す。
ハワードには他のどんな処置や薬物療法も試されないで、ロボトミー手術が行われた。
今では大人になったハワードには、フリーマンに一つの疑問がある。「手術が時代遅れで治療効果が無いと明白だと解ったときに、どうして彼はずっと手術を続けたのでしょうか?」
ハワードは、手術を受けなかったら人生はどんなものになったのか、まったくわからないと言う。「私は現在では十分に知的だと思います。」「私はその時もたぶん十分に知的だったでしょう。けれども、ロボトミー手術によって、心の中で考え、答えを出すことが出来なくなりました。」
1967年、フリーマンの最後のロボトミー手術は、脳内出血で死んだ患者だった。彼はどの病院でも手術を行うことは認められなかった。そして彼は1972年にガンで死んだ。
-CNN
それってつまり、
「手を怪我した!」
「ハイ根本から切断!」
ってぐらいの暴挙ですよね・・・。全然治療になってないし、根本からの解決になってないですよね。精神病っていうのはその名の通り、『精神の病気』なわけだから、もっと繊細なもの。昔はそのことに気づかなかったんでしょうかねぇ。